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独り言シリーズ 「新しいローカル文化」 6

6.「広島に生きる者の帰属先」

「常に在る・不在」という言い回しは、論理的というよりも多分に情緒的なものだろうと思う。この地に生きる者にとって心にわだかまっているもの、解決できないものその総体に対する苛立ちの心情から生まれるのかも知れない。
「この地に生きる者にとっての○○」…もともとこの独白は、「新しいローカル文化」の可能性、つまり今後広島において地域独自の文化の定立が可能かという問いかけから始まったことを思い返そう。
さて、地球を帝国のように制覇する「中央」原理、その文化独裁という状況下にあって、広島に限らず「地域独自の文化」の定立はかなり難しい。自生の文化は今や根絶されたように見える。
「帝国」の原理の話はこの際ひとまず置き、よくあるシンプルな話にシフトしよう。よく「地域性の創造」について問うと、「地域性とは過去を参照しつつも不断に創出されるものである」という答えが返る。つまり「過去という種を掘り起こせばそのうち花が咲く」と。その通りだと思う。ただしその言い回しは、あくまで「過去」があればという話である。それならば広島の「過去」とは何であろう…「参照すべき過去」とは?
なるほど広島には風光明媚な自然に培われた歴史文化と、食を含めた広島ならではの豊かな生活文化の系譜があり、それが今の「ひろしま」の日常の生活を形成している。他の都市ならばこれだけ過去の「種(文化的資源)」があるならば、躊躇なく「花畑」の開墾に取りかかることができるであろう。しかし広島では話はそうは単純に進まない。「ヒロシマ」という大きな壁があるからである。
「他の壮絶な戦争の惨禍と、ヒロシマの惨禍がどう違うのか?」という議論がある。しかしそれでも、「ヒロシマ」は違うと思う。「ヒロシマ」はいわば人類史の特異点であり決定的に違うナニカである。それは広島という一ローカルな問題でなく、人類全体の問題だからである。
逆に言えばこのことが、私たち広島に暮らす者たちにとってやっかいな問題を引き起こす。私たちが暮らす街が、「広島」や「ひろしま」でなく、「ヒロシマ」ということになれば、「私たちの街は‥」という表現で、この街を単純に捉えられないということである。とすれば私たちはどこに帰属するのであろうか?
ここで、「帰属」という問題は、常に外部との関係性において、つまり「他者」に触れる現場において生じるということを認識しておくべきだが、この63年間、私たちが常に回帰する、あるいは外部との関係性において回帰させられる「過去」とは、「あの瞬間」なのである。この「過去」は余りにも強大で広島の他の過去を消し去るかのごとくだ。しかもこの過去は、歴史の「起源」であり「0」点であるはずである。したがって何もない…いわば「真空」だ。そこで私たちが常に回帰する過去は実は「0」ということになり、「0」は「無い」という存在だから、広島には「無いという過去」があるとされる…「常に在る・不在」。ここでもこの言葉がリフレインとして響く。(続く)(石丸良道)

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